「拓磨メシは」
「まだに決まってんやろ」

メールをしていたら拓磨の仕事終わりがちょうど自分の仕事終わりと同時刻なことを知り、じゃあ会おうということにした。
しかし、帰り際になってもうひとつ片づけなければならない仕事が見つかってしまい、必死にこなしていたら待ち合わせの時間はとうに過ぎていて。
連絡もなにもよこさなかったものだから拓磨は大人げなく拗ねてしまっている。

普段から真顔をしていれば拗ねて見られがちな拓磨だが、普段と違うのは目元だろう。
待ち合わせに選んだビルを背にして凭れ、じっとアスファルトを見つめたままこちらを見ようともしない。
伏せられた瞼のキワから伸びるまつげがたまに揺れてはまた止まる。

善徳も善徳で、その拓磨の瞳から目を逸らそうともしない。
悪気があるのかないのかは解らないが１時間も遅れて来て謝りもしない善徳をどうしてやろうか、と思案する拓
磨と、悪いことをした、とは思いつつも拓磨の拗ねた姿に見入り、謝ることを忘れている善徳。
ふたりの間にはひたすら重い沈黙が流れる。

耐えきれず拓磨が善徳をキッと睨みつけると、善徳はフッ、といつものように意地悪に笑い、拓磨の肩にわざとぶつかると横に背を並べた。

「なぁなぁ」
「…」
「俺がいつから拓磨のこと好きになったか知ってるか」
「…なんいきなり」
「どうや」

腕を組み顔だけを拓磨の方へ向けて善徳は問う。
突拍子もない問いに拓磨は少し考えてみるがわかるはずもなく。

「知らん」

そうかそうか、と善徳は少しため息を混ぜて返事をする。
携帯をポケットから取り出して時間だけ確認すると、またすぐ収めこむ。

「飯どこにする？」
「…なん」
「食いたいもんは？」
「なんやの」
「何が？」

歩き出そうと背を向けた善徳の腕を掴み、振り返らせた拓磨は眉間に皺を寄せている。
何が？なんて問い直してみただけで拓磨の言葉が何を意するかは分かりきったことで。
捕まれた腕から手首を逆に掴み返し、しっかと握り善徳はずんずんと歩き始める。
10メートルとしない所で立ち止まったかと思うと勢いをつけてビルとビルの薄い隙間へ連れ込まれた。
身体を易々と壁に押し付けられた。
乱暴な仕草なのに拓磨の後頭部には善徳の手の平がさりげなく添えられていて捕まれた腕は痛いけれど怯えることはなかった。

「まつげが長いことを知った日」
「…な、」
「口が柔わそうやと思った日」
「善徳」
「初めてキスした日」

触れた唇は少し冷たかった。
でもその奥の舌は熱く、表面を擽って擽って拓磨の中へ入り込んでくる。
抵抗らしい抵抗といえばせいぜい胸を叩く程度のことで、やがて唇は悪戯に頬を掠めて離れた。
ぴとり、と身体ごと密着するように抱き締められて、すぐ横を人が行き来しているのに考えることも億劫になった気分だ。

「やっぱりまつげ長いなて今思ったから」

かっと赤くなり黙り込んでしまった拓磨がその顔を悟られぬように善徳の首筋にすり寄った。
きゅ、と音がしそうな程に強く服を握りしめた瞬間。


ぐーぎゅるぎゅる


「…ぁはっ！」
「わ、笑うなアホ！」
「ベタな展開！ハハ！」
「笑うなゆってんやろ！」

拓磨の胃が悲鳴をあげた。
善徳は吹き出すように笑いだしてそのまま笑いが止まらない。
今度は善徳が拓磨の首筋にもたれ掛かるようにして周りの目も気にせず笑う。
しこたま笑いまわした後、スマンスマンと肩を叩き。

「で、飯」
「もーなんでもええわ…」
「んなら肉」
「ん」